「プロ向けトークン販売」規制緩和の背景とweb3産業育成
JCBA広報チームがお届けするインタビューシリーズ。
今回は、当協会のリーガルアドバイザーで、web3事業ルール検討タスクフォース 座長/金融部会 法律顧問/ステーブルコイン部会 法律顧問の河合健氏に取材を行いました。プロ向けトークン販売の規制緩和の背景や、web3産業育成のための法整備などについて見解をお聞きしています。

インタビュー目次
web3産業の発展にはエコシステムが必須
金融庁は2025年2月26日に、暗号資産交換業者に関する事務ガイドラインの改正案を公表しました。この改正案では、企業等が暗号資産を発行し適格機関投資家から資金調達を行う「プロ向けトークン販売」の規制緩和について示されましたが、なぜ規制緩和が必要だったのでしょうか?
国際的には、新しいブロックチェーンプロジェクトが立ち上がり成長していくために、トークンでベンチャー・キャピタル(以下VC)等から資金調達するエコシステムが一般的です。これは、web3業界に限らずスタートアップが成長するためには欠かせないことですが、ことweb3においては日本ではこのエコシステムが存在しません。
その理由は、日本の居住者にトークンを販売すると暗号資産交換業の登録が必要で、これが非常に重い規制負担となっているためです。株式発行時に発行体である企業が証券業の登録が不要なのとは対照的で、日本におけるweb3産業の発展の足かせとも言えます。また、VC側もLPSで暗号資産投資ができないという制約があります。このため、日本ではweb3を産業として発展させるエコシステムが育ってきませんでした。
以前から課題視されていたことではあるのですが、日本でもこのエコシステムを確立させるため、JCBAのweb3事業ルール検討タスクフォースでプロ向けトークン販売の規制緩和に向けて取り組んできました。
長い冬の時代を乗り越えて
規制緩和の議論は、いつ頃から進んでいたのでしょうか?
大きな契機となったのは、2022年に立ち上がった自民党デジタル社会推進本部のNFTプロジェクトチーム(後のweb3プロジェクトチーム)です。2018年以降のハッキング問題等で暗号資産への社会的信頼が低下し厳しい規制となっていましたが、海外でのプロジェクト進展やNFTを含めたweb3への再注目により状況が変化しました。「web3を産業として育成していこう」という文脈で規制についても見直しが検討されはじめ、特にファンド投資の制約解決が焦点となりました。
web3プロジェクトチームが政策的な推進力となって、トークン販売規制の見直しやLPS法改正が検討されるようになり、web3関連事業への投資環境整備が政府の骨太方針として位置づけられました。産業を育てるために投資は必須ですから、「イノベーション・新規産業の創出」や「資産運用立国」の観点からもweb3に対する見方が変わってきたのではないでしょうか。
2023年には、JCBAで「web3事業ルール検討タスクフォース」を立ち上げました。従来の「部会」とは異なり、一定期間内に集中して成果を出すためのチームとしての位置づけです。ステーブルコイン部会での経験や当局との関係値を活かして、web3全般の発展のための障壁を特定し、規制緩和や新たなルールづくりを目指し、毎週のように打ち合わせを実施しています。web3のより良い投資環境の整備のために、JCBAで密に検討して当局とセッションを行ってきました。
どこまでが「プロ向け」なのか
今回は「プロ向けトークン販売」の規制緩和ですが、プロ向けというのはどのような定義でしょうか?
「適格機関投資家」がプロの定義になっています。適格機関投資家は、金融商品取引法で定められた、有価証券への投資に関する専門知識と経験を有する法人や個人を指します。一定の金融機関であることやVCの場合には資本金が5億円以上あり、金融庁長官へ届出た者であること、一般法人の場合には「有価証券の残高が10億円以上であること」「金融庁長官への届出が必要」などの条件があります。いわゆる「プロ投資家」とみなされる人や企業です。金融庁の「トークンの販売行為を、暗号資産交換業から外すことはできない」という見解があり、それを前提に規制緩和の対象投資家を検討したとき、プロ投資家という方針に落ち着きました。
一方で、「web3・暗号資産エンジェル投資家」のような、株式などの有価証券は保有していないものの、トークンを大量保有している投資家が存在します。そのような投資家が適格機関投資家として認められるようになるには、暗号資産が資金決済法の枠組みから金融商品取引法へ移行することが必要ではないかと思われます。移行時の制度設計次第ですが、プロ投資家の範囲を新たに定める際に暗号資産を一定数以上保有する人を条件に含める可能性があるでしょう。ただし、金融商品取引法へ移行が本格検討されはじめたとは言え、現時点では具体的な詳細は決まっていません。
また、規制緩和がされたとは言えど、トークンをプロ向けに直接販売できるわけではなく、暗号資産交換業者を介することになります。これまでもIEOの仕組みはありましたが、今回の規制緩和はIEOの簡易版とも言え、複雑な審査をより簡易に、よりスムーズにするための制度設計です。
適格新規暗号資産の「移転期限付きトークン」
移転制限付きトークンについても教えてください。
新たに発行されるトークンは「適格新規暗号資産」とされ、プロ向け販売後にプロ投資家以外の他の人への早期転売を防ぐため、技術的措置によりロックアップされます。ロックの方法として、トークン発行者によるロックや、暗号資産交換業者によるウォレット凍結、マルチシグによる制限などがあります。解除は通常、暗号資産交換業者での一般向けリスティング時に行われますが、プロ投資家からプロ投資家への譲渡は認められます。
今回の規制緩和は、すべての投資家にとって使い勝手の良い規制とまでは言えませんが、VC等の選択肢が広がることは間違いありません。「ルールがないと動きにくい」という面があることも確かですから、産業への投資促進につながればと思います。
web3産業にとって「重要な道」ができた
ルールが定まることは新たな産業として認められ成長している証でもありますが、今回の規制緩和でスタートアップ側としても「資金調達の壁」が低くなったと言えるのでしょうか?
資金調達の壁は、一つ低くなったと感じています。web3スタートアップ起業家たちの海外移転の主な理由は、ライセンス規制が厳しくなったことです。ドバイやシンガポールなど、規制の少ない場所を求めて移動してきました。しかし今後は、規制が完全にない場所は存在せず、規制はあるが比較的やりやすい国やエリアに拠点を置く判断になっていくでしょう。日本は、適度に規制され、安心してビジネスができる環境になりつつあります。
一度は海外へ拠点を移したスタートアップの中にも、本来は日本で資金調達したかったという起業家がいます。今まではその道がなかったわけですが、今回の規制緩和によって重要な道ができました。
バランスの取れたルールメイクを
今後、web3産業の発展のために、どのようなルールづくりが必要なのでしょうか?
やはり重要になってくるのが、金融商品取引法への移行も含めてトークンがどのような扱いになるかということです。規制などのルールづくりの検討においても、2019年や2020年の冬の時代とは全く異なる議論がされています。ビットコインETFの承認など、暗号資産が世界的にもアセットクラスとして認められはじめ、「国民の資産形成に資するかどうか」も焦点と言えます。一方で、有価証券とトークンは違う側面・特性を持っていますから、既存のルールに当てはめるだけではなく、バランスの取れたルールメイクが不可欠です。
スタートアップ企業がトークンで資金調達してビジネスを推進でき、投資家も参加できる接点を見つける環境整備が必要でしょう。また、今後はDeFi分野についてのルール整備も必要で、日本では明確なルールがないと参入しない文化もあるため、参入しやすい環境づくりが求められます。多くの日本企業がweb2では苦戦しましたが、web3では世界を牽引できるよう、当協会としても尽力していきたいと思います。

河合 健氏
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 パートナー
一般社団法人日本暗号資産ビジネス協会 リーガルアドバイザー
web3事業ルール検討タスクフォース 座長/金融部会 法律顧問/ステーブルコイン部会法律顧問
主として、フィンテック、ブロックチェーン、金融規制、デリバティブ、スタートアップ・ベンチャー支援、IT・デジタル関連法務を取扱う。また、行政機関が主催又は関与する研究会やプロジェクトの委員を務めるなど政策アドバイスにも尽力している。
現在、自由民主党デジタル社会推進本部・Web3担当ワーキンググループメンバー、経済産業省「スタートアップ新市場創出タスクフォース」委員、日本金融サービス仲介業協会監事、日本デジタル空間経済連盟監事、Metaverse Japanアドバイザー、大阪府「国際金融都市OSAKA推進委員会」アドバイザー、日本STO協会リーガルアドバイザー、日本暗号資産ビジネス協会顧問等を務めている。
関連リンク
- 自民党デジタル社会推進本部web3PTに出席、当会からはweb3ビジネスへの事業会社の参入を促進する為の規制改革について説明いたしました。 | 一般社団法人 日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)
- LPS(投資事業有限責任組合)法改正に向けた「Web3.0系スタートアップ及びWeb3.0 系VC についての実態調査」及び「LPSによる暗号資産の取得及び保有等に関する提言」を公表 | 一般社団法人 日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)
- web3事業ルール検討タスクフォースの組成と主要な論点の公表 | 一般社団法人 日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)
- web3事業ルール検討タスクフォース | 一般社団法人 日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)
- 金融部会 | 一般社団法人 日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)
- ステーブルコイン部会 | 一般社団法人 日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)