HOMEお知らせAIエージェント時代に進化する通貨──日本円ステーブルコインが促す構造変革とペイメントレス社会、産業実装を導くJCBAの役割

AIエージェント時代に進化する通貨──日本円ステーブルコインが促す構造変革とペイメントレス社会、産業実装を導くJCBAの役割

JCBA広報チームがお届けするインタビューシリーズ。

今回は、当協会の理事であり、JPYC株式会社 代表取締役として日本初の資金移動業による円建テーブルコイン「JPYC」の発行を牽引した岡部典孝氏に取材を行いました。AIエージェント時代の決済インフラとして期待が高まるステーブルコインの意義、制度設計の課題、オンチェーン経済圏の広がり、そしてJCBAの役割について見解を伺っています。

日本初の円建ステーブルコイン「JPYC」登録までの5年

今年2025年8月18日付で資金決済に関する法律(「資金決済法」)第37条に基づく「資金移動業者」(登録番号 関東財務局長 第00099号)の登録を取得したJPYCですが、これにより国内初の、日本円と1:1で連動する電子決済手段(ステーブルコイン)を発行可能になりました。ご登録までに、長い時間がかかったと伺っています。

登録まで足かけ5年かかりました。2020年に実証実験を開始し、翌年にはJPYC Prepaid
を発行しましたが、当時はUSDCのようなステーブルコインが日本では制度上認められていませんでした。「まだ法律が存在しないものをつくる」という工程を経て、制度の骨格の議論から関わったという実感があります。

資金移動業者の登録は、実現可能か不安もありました。登録できるまで続ける覚悟で取り組んでいましたが、「本当にライセンスは下りるのか?」「下りても使い勝手が悪く、日本独自のガラパゴス仕様になるのではないか?」という懸念もありました。JPYCが目指していたのは、パブリックチェーン上でセルフカストディウォレットからだれでも使える、USDCに近い形の日本円建てステーブルコイン。それが許認可で制約されてしまうと本末転倒です。

結果として、良い形で登録が下りたことは、チーム全員の努力の賜物だと思います。途中、「毎月資金が減っていく中、どこまで続けられるのか?」という気持ちもありましたが、投資家の方々に支えていただき、何とかここまで来られました。

「日本は新しいことに対する動きが遅い」と思われがちですが、5年でここまで来られたのは、関係者全員でがんばった結果だと思っています。

AIエージェントと円建ステーブルコインが社会インフラになる

今回の登録が業界に与えるインパクトをどのように見ていますか?

社会的意義として大きいのは、オンチェーン経済圏やAIエージェント経済圏で「日本円が自然に使える状態」をつくれることです。

AIが商談をまとめ、予約し、決済し、経理処理まで行う。そんな近未来の世界では、決済は“裏側で自然に行われるもの”になります。

コロナ以降、キャッシュレス社会が推進されていますが、その次はペイメントレス社会。支払いという行為自体がなくなり、AIが自動で動かす時代です。レジで「お支払い方法はどうされますか?」と聞かれることがなくなり、オンライン決済もAIが裏側で完結させてくれるようになるでしょう。特に日本は、少子化で人手がさらに不足します。「人がやらなくて良いことは、AIに任せる」という社会への移行は必然です。そのための決済通貨の“基盤”としてステーブルコインは欠かせません。

「金銭に類する資産」をどう扱うか? 今後の制度設計とJCBAへの期待

制度面では、どのような課題がありますか?

ステーブルコインの法的位置付けに、まだ曖昧な点があることです。現在は「金銭に類する資産だが、金銭ではない」と扱われています。その結果、「給与支払いに使えるのか」「出資金の払い込みは認められるのか」「ステーブルコインを貸すことは貸金業に該当するのか」などの場面で、解釈がバラバラになる懸念があります。関与する省庁も多く、一本化されていません。

実務面で影響が大きいのが、送金1回あたりの「100万円制限」です。これは、「銀行以外が為替取引を行う」第二種資金移動業の名残で、ステーブルコインにも適用されているものの、世界的にはこのような制限は存在しません。現在の仕様では、10分ごとに「送金ボタンを押す」という極めて非効率な運用になっています。さらに、信託型ステーブルコインは100万円超の発行が認められているのに、第二種資金移動業のステーブルコインは認められないなど、整合性がわかりにくい状況があります。政府として、「金銭とみなすのか」「独自カテゴリーとして制度を整えるのか」「どの行為を認可制にするのか」など、統一見解が必要でしょう。

こうした制度設計の議論は、まさにJCBAのステーブルコイン部会やweb3事業ルール検討タスクフォースなどで、当局との対話を重ねていきたいところです。プロ向けトークン販売の規制緩和に向けたタスクフォースの取り組みでも、web3スタートアップが資金調達しやすいエコシステムの必要性や、金融商品取引法との関係整理などが議論されてきましたが、ステーブルコインに関連する「今はまだグレーゾーン」にいる事業者が安心してビジネスをできる環境づくりも急務です。そのためには、個社で取り組むのではなく、業界団体として意見を集約していくことが有効でしょう。

公共領域でのステーブルコイン活用

ステーブルコインは、どのような領域で利活用されそうでしょうか?

ステーブルコインの可能性は、企業間決済や民間決済にとどまりません。たとえば、補助金や給付金といった公的支出をステーブルコインで行えば、配布コストの大幅な削減や、不正申請・不正受給の検知・抑止につながります。マイナンバーカードと紐づくウォレットに自動的に給付金を振り込み、不自然な動きはブロックチェーン上の履歴から検知する。そんな仕組みが整えば、「配布コストが高すぎる」という現在の課題は大きく改善されるでしょう。

また、国税庁のシステムにウォレットをつなぎ、税・社会保険料の支払いを自動化することも不可能ではありません。エストニアではすでに税務申告の多くが自動化され、士業が単純な申告代行を行うことはほとんどないという話も知られていますが、日本でもステーブルコインとAIを組み合わせることで実現する可能性があります。

他には、健康インセンティブへの活用も考えらます。保険会社やヘルスケア企業から期待される領域です。一定の歩数や運動量に応じてステーブルコインやNFTなどのトークンを付与し、医療費の削減につなげるアイデアは、ソーシャル・インパクト・ボンドのようなスキームと相性が良いといえます。ただし、医療費1円を減らすために、1円以上のインセンティブを出してしまっては意味がないわけですから、医療ビッグデータを持つ保険会社などとの連携のもと、何歩歩けばどの程度医療費が減るのか、どのくらいのインセンティブなら費用対効果があるのかといったエビデンスに基づく設計が前提になります。JCBAにこのような領域の企業が参加してくださると、ステーブルコインのユースケースがさらに増えていくでしょう。

「地方創生とWeb3」人と通貨がめぐる新しい働き方

都市部と地方の人材格差への活用の可能性はいかがでしょうか?

私自身、離島の青ヶ島に移住し、Web3の仕事を続けています。たとえばブロックチェーンリサーチャーのような仕事であれば、世界のどこに住んでいても報酬水準が変わるわけではありません。一方で生活コストは地方の方が都心よりも安くなることが多いわけですので、メリットも大きいのではないでしょうか。

ただし、同じテーマで語り合えるような仲間がまったくいない環境は人としてつらくなることもあり、「Web3人材が集まる村・町」のようなコミュニティ形成も大切だと感じています。

JCBAの地方創生とRWAトークンに関するインタビューでは、地方の特産品や宿泊券、体験型コンテンツをRWAトークン化し、インバウンドも含めた新たな経済圏をつくる可能性について語られていました。決済通貨としてステーブルコインが組み合わされば、地域金融機関が発行するデジタル通貨を軸に、ブロックチェーン上で完結する地域エコシステムを構築することも見えてきます。

給与や報酬支払いのステーブルコイン採用が進めば、都心と地方の二拠点生活のハードルも下がっていきます。地方に暮らしながらグローバルなプロジェクトに参画する人材が増えれば、「都市部と地方の人材格差」という課題も違った角度から解決できるかもしれません。

ステーブルコインネイティブ世代への金融教育

スマホネイティブ世代、AIネイティブ世代が増えていくように、今後はステーブルコインネイティブ世代が増えていくと考えられます。子ども向けの金融教育では、ステーブルコインをどのように伝えますか?

いまの子どもたちは、スマホネイティブであり、AIネイティブでもあります。そうした世代が当たり前のようにステーブルコインに触れるようになれば、「ステーブルコインネイティブ」という新しい感覚が生まれてくるはずです。大人が想像もつかないような使い方が、子どもたちの手から自然に出てくるかもしれません。そういう意味で、子どもたちこそ大きなイノベーションの源泉なのです。

JPYCはSDKを使えば誰でも簡単に触れることができ、年齢に関係なく使える設計になっています。だからこそ、もっと“おもちゃ”のように気軽に触ってほしいと思っています。昔は「こども銀行券」でおままごとをしましたが、次の時代はJPYCのテストトークンで“デジタルのおままごと”をするようになるかもしれません。その体験が「自分のお金を自分で管理する」という金融リテラシーにもつながりますし、そこから思いもよらない発想が生まれる可能性もあります。

将来的には、いまの子どもたちが大人になる頃には「ステーブルコイン」という言葉すら意識されなくなるかもしれません。アプリにはただ「円残高」「ポイント残高」と出ているだけで、その裏側でステーブルコインやRWAが自動的に動いている。そんな世界で育つ子どもたちが、どんな価値観を持ち、どんなサービスを生み出すのか。そうした未来にこそ期待しています。

JCBA理事として──事業者や団体をつなぐ「橋渡し役」に

JCBA理事として、今後どのような取り組みを考えていらっしゃいますか?

JPYCは発行体ですが、暗号資産交換業者の視点も、他の企業の利用者視点も理解できます。そのため、両者の橋渡しができると考えています。また私は、他の業界団体でも理事等を務めておりますので、団体間連携や共同提言、規制緩和・制度明確化、Web3全般に関する正しい理解促進のための普及啓発などを推進していきたいと思っています。

ルールメイクのための政策提言は個社では難しいですが、JCBAのような業界団体を通じれば声が届き、社会を動かす力になります。JCBAには幅広い企業、団体が所属していますので、Web3を含めて日本や世界の未来を共創する主体として、これからも取り組んでいきたいと思います。

岡部 典孝氏

一般社団法人日本暗号資産ビジネス協会 理事(非常勤)
JPYC株式会社 代表取締役

2001年に一橋大学在学中に一社目を創業し、以降、代表取締役や取締役CTOとして数々のプロジェクトをリード。2017年にはリアルワールドゲームス株式会社を共同創業し、技術と財務の分野でリーダーシップを発揮。2019年に日本暗号資産市場株式会社(現JPYC株式会社)を立ち上げ、代表取締役として2021年より日本円建プリペイド型トークン「JPYC Prepaid」の発行を開始。2023年7月からはBCCC「ステーブルコイン普及推進部会」の部会長に就任し、ブロックチェーン技術の普及と発展に貢献しています。さらに、iU情報経営イノベーション専門職大学の客員教授や一般社団法人ブロックチェーン推進協会(BCCC)の副代表理事を務めるなど、教育と業界発展にも注力。